【演奏や人生の役に立つコラム】「火は煖かに水は冷し」~僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法 第10回





 

2014年に日本人として初めて世界で最も有名なブラスバンド「ブラック・ダイク・バンド」の正式メンバーとなりパーカッション・ソロイストとして活躍。帰国後は僧侶としての修行を積み、現在は僧侶兼打楽器奏者として幅広く活躍している福原泰明さん。

そんな福原さんが、「心」をテーマに、仏教の教えを元に、演奏家(音楽家)の悩みや心のモヤモヤを晴らし、どう生きていくか、をライトに語る連載「僧侶兼打楽器奏者 福原泰明の音楽説法」。

第10回となる今回はのタイトルは「火は煖かに水は冷し」。さてどんなお話が聞けるのでしょうか。


火は熱いので、手に入れると火傷してしまいます。川に手を入れるとひんやりと冷たい水を感じられます。これらは当たり前のことです。

では、なぜ火は熱く、水は冷たいと私たちは知っているのでしょう?それは、経験を通して学んだことだからです。火に近づくとその周りの温度は非常に高くなっていることを感じ、プールに入ると冷たく感じる。そういう体験を経て、私たちは学んでいきます。

 

「火は煖か(あたたか)に、水は冷し(つめたし)」。これは中国の元時代の和尚、中鋒明本(ちゅうほうみんぽん)の語録である「中鋒和尚広録(ちゅうほうおしょうこうろく)」に載っている言葉です。中鋒和尚はこのコラム連載の第一回目でも登場しました。
意味は「ただ自らが体験して知るべし」。要は、体験しながら学んでいけ、ということです。禅の修行では、固定概念に囚われずに体験していくことが重要視されており、それを端的に表しているのがこの「火は煖かに、水は冷し」なのです。

 

皆さんは、「コーラ」と言われればどのブランドを思い浮かべますか?やはりコーラと言ったらコカ・コーラという人は多いでしょうし、ペプシ・コーラの人もいるでしょう。インカ・コーラという少数派もいるかもしれません。

神経学者であるサム・マクルーアらは、コカ・コーラとペプシの飲み比べを被験者に行わせ、飲んだ時の脳の活動をfMRI装置でモニターしました。
コーラを被験者に飲ませる際、以下の三つの提示も行いました。

1. これはコカ・コーラです
2. これはペプシです
3. 提示無し(ブランド名を伏せる)

それぞれ脳の活動はどうなったでしょう?
どちらを飲むかわからなかった提示無しの時は、飲んでいるのがコカ・コーラでもペプシでも同じような反応だったのですが、コカ・コーラを飲むとわかっていた場合、飲んだ時の脳の快楽の反応が強かったのです。

コカ・コーラという市場におけるブランド力、いわゆる「固定概念」が、実際に脳の活動に影響していたのです。

 

固定概念自体は悪者ではありませんが、時には感受性を鈍らせます。
新聞記者のジーン・ワインガーデンは、世界的バイオリニストのジョシュア・ベルにある依頼をしました。ワシントンDCの地下鉄の駅にてストリート・ミュージシャンのふりをして、誰もが知っている古典曲を弾いてほしい、と。

駅構内を歩く人は、立ち止まって耳を傾けるのでしょうか?
結果、ジョシュア・ベルの持つストラディバリウスのバイオリンケースにお金を入れたのは1097人中27人、たったの2.5%で、1分以上立ち止まって聴いた人は7人、0.5%。

朝のラッシュ時での実験だったため急いでいる人も多かったとは思いますが、それにしても少ない数字となりました。

「世界一流の音楽家が駅構内で演奏しているわけがない」という固定観念が、ヴァイオリンの音に耳を向ける事を阻害したのです。

 

この世の中には良くも悪くも情報で溢れています。
演奏する曲も、少し探せばすぐに誰かしらの録音も見つかります。しかし恐ろしい事に、自分が音を出す前にそれらを聴いて参考にすると、その録音が自分の中の固定概念と化します。時間が充分に取れないとき、音源を聴いてからの譜読みは非常に効率的です。しかし、時には一切他の人の演奏は聴かずに仕上げてみる事も大事です。
譜読み一つを取ってみても、誰かの演奏を聴いてから「それっぽく演奏する」ことばかり続けていると、楽譜を読み解く力は一切付かず、永遠に誰かのコピーのようになってしまうでしょう。

私自身もブラスバンドのコンテスト曲や、バンド伴奏の打楽器ソロで世界初演をいくつか経験しましたが、一切他に参考になるものが無く、手探り状態で自分で楽譜を一から読み取っていく作業は、非常に大きな経験になりました。何せ、ここはこう演奏すべき、という前例がないので、自分のパフォーマンスに強い意志と自信を持って望めるわけです。

 

また、私自身ずっと「クラシック的なアプローチ」で音楽をやってきましたが、最近ジャズのアプローチや、演奏時の筋肉の使い方も教わり、それぞれから体験したものを織り交ぜた結果、出来ることが増えてきました。
他者からのアドバイスによって、思っても無い方向から演奏が改善されることもあります。練習法も曲も完成までのプロセスも「こうあるべき」なんて実は無いのです。

なので、「こうあるべき」みたいな固定観念を一度取り払ってみて、一度「火は熱く、水は冷たい」ということを知らない私たちに戻り、まっさらな気持ちで曲と向き合うことで、新たに発見できる事はたくさんあるのではないでしょうか。

 

固定概念を一度捨てることで、見えてくるものはたくさんあります。集中できる環境で時間を有意義に活用する、というのが私の練習のモットーでしたが、最近子供が生まれ、抱っこ紐で娘をくくりつけて練習することが日課となっています。
もう7kg近くになるのでなかなか重いですが、それをやることで体の重心の取り方を感じながらで演奏できるようになってきました。
そして何より娘を練習に持ち出すことだけで育メンのフリができ、妻の機嫌が数時間良くなるのは最大の収穫です。


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今回も面白いお話が聞けましたね!

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※この記事の著作権は福原泰明氏に帰属します。


【福原泰明 プロフィール】

東京都出身。15歳より打楽器を始める。日本大学文理学部心理学科卒業。英国王立北音楽院修士課程修了。
在学中に学内奨学金を授与される。打楽器全般を大里みどり、シモン・レベッロ、エリザベス・ギリバー、ポール・パトリック、ティンパニをイアン・ライト、ラテンパーカッション及びセットドラムをデイヴ・ハッセルの各氏に師事。第11回イタリア国際打楽器コンクール(ヴァイブラフォンの部)ファイナリスト。

2011年7月、渡英と同時に、世界で最も名高いブラスバンド(金管バンド)の一つ、フェアリー・バンドに入団。同年10月より首席打楽器奏者を務める。同年12月にはブラスバンド専門ウェブサイトの4barsrest.comにて「2011年打楽器奏者ベスト5」の一人として取り上げられる。2012年には有名ブラスバンド専門雑誌「British Bandsman」にて表紙を飾り、ロング・インタビューが掲載されるのを始め、複数の音楽雑誌に取り上げらるなど、英国ブラスバンド界ではまだ数少なかった”打楽器ソリスト”として活動。その存在は、普段ブラスバンドの中ではスポットが当たりにくかった”打楽器”を”ソロ楽器”として認識させることとなる。2013年1月、「RNCM Festival of Brass」にて自身が委嘱したロドニー・ニュートン作曲の打楽器協奏曲「ザ・ゴールデン・アップルズ・オブ・ザ・サン」をフェアリー・バンドと共に世界初演し、満員の観客からスタンディング・オベーションを受け、ブラスバンド界の演奏者、指揮者、作曲家、編集者の各方面からも絶賛される。

同年10月よりレイランド・バンドに入団。打楽器ソロ曲のレパートリーを更に広げていく。同年11月、三大ブラスバンド・コンテストの一つ「Brass In Concert Championships」にてマリンバとフリューゲル・ホルンのデュオを演奏し、「本日の最高の演奏の一つ」(4barsrest.com)と評される。

2014年、世界で最も有名なブラスバンドと言われるブラック・ダイク・バンドに史上初の日本人正式メンバーとして入団。マリンバ・ソロイストとしてコンサートでソロを務める。
オランダの打楽器メーカー”マジェスティック・パーカッション”エンドーサー。


▼福原さんのコラム「福原泰明の音楽説法」これまでの記事はこちらから




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